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くっつきーの歴史 開発開始〜初販売後まで(前編)

だいたい 19 分で読めます

「くっつきー」は、2024年初頭から2025年3月まで1年強にわたって開発し、販売を開始した自作キーボードです。現在も開発は続いていますが、一区切りということで初販売までの開発履歴を記録してみました。

https://cue2keys.esplo.net/

この記事シリーズでは、プロトタイプから製品版に至るまでの試行錯誤の過程を詳しくお伝えします。記事が長くなってしまったため2回に分けており、前編では動機やコンセプトなど全体的な話をまとめ、後編では各モジュールの変遷と技術的詳細について記載します。

https://www.esplo.net/ja/posts/2025/08/cue2keys_history_2

自作キーボードとの出会い、自作開始

まずは初めての自作キーボードということで、製作を始めた動機を記録します。

良いキーボードには興味がありましたが、そこまで追求することもなく日々を過ごしていました。開発を始める前は長らくHHKBを使って満足していましたが、よく聞く分離型を試してみたいと思っていました。そこでErgoDox EZを持っている人に貸してもらい、使ってみることにしました。

実際に使ってみると、カラムスタッガードの叩きやすさ、カスタマイズ性の高さやレイヤー機能の便利さに感動しました。特に印象的だったのは、親指付近にキーがたくさん配置されていることでした。改めて考えてみると、これまでのキーボードでは可動域の広い親指をほぼ活用できていなかったことに気付かされました[1]。また、高さ調整が簡単にでき、付属のパームレストもピッタリと高さが合うため、手に馴染みやすかったです。

特に不満がなかったErgoDoxですが、しばらく使っていると、いくつか気になる点が出てきました。親指の細長いキーを分割したかったり、あまり活用できないキーが多かったり。また、キーの位置を列ごと手間にずらしたかったり、マッピングに専用ソフトが必要で少々使い勝手が悪かったり、細かいものではレイヤー表示のLEDが眩しすぎる[2]といった点がありました。

ErgoDoxをはじめとして自作キーボードという世界があることは何となく知っていましたが、詳しいことはよく分かりませんでした。そこで多くの人がたどる道と同じように、私も遊舎工房を訪れてみたところ、様々な魅力的なキーボードたちに出会うこととなりました。しばらくの間色々なキーボードを探して購入したりしていましたが、気がつくと「自分で作ったらいいのでは?」という、あまりにも甘い考えが浮かんできました。こうして、自作キーボード沼に沈んでいくこととなったのです。

コンセプト設計

自作してみたいと思った動機とも密接に関わりますが、現在のくっつきーのコンセプトは「柔軟で、動的」なキーボードです。このコンセプトに至った経緯について記録していきます。

既存のキーボードを調査

前述したように、トラックボールを後から追加したり、キーの位置を細かく調整したりできるキーボードを探していました。以前出した「自作キーボード入門 バラバラなキーボードのつくりかた」で詳しく記載したため詳細は省きますが、世の中にはいくつかの方法でこうした機能を実現しているキーボードが存在します。調査してみると、親指部分が丸ごとモジュールとして独立していて置き換え可能なものが見かけるものの、それ以外のキーの数や位置を自由に変更できるものはわずかでした。

目指すゴール

自作沼に浸かる人は、それぞれ理想のキーボードを思い描いて日々創作に勤しんでいることでしょう。プロジェクトのゴールと言えるものです。私の場合は、「好きにカスタマイズできるキーボード」が真っ先に浮かんできました。字面を見ると、最初から幅広い人に向けた汎用製品なのかと思われがちですが、自分が使うために欲しいものとして浮かんできました。

今までを振り返ると、時期によってキーボードに求めるものが変わっていることに気付きました。色々な論理配列を試していた時は、キーがもっと必要だったり、逆に邪魔だったりと色々なパターンがありました。カラムスタッガードを試したい時期が今ですが、他の配列の可能性を探りたい時も出てくるかと思います。
もっと短い期間で捉えると、作業内容でも異なっています。プログラムを書く時とFactorioをする時では、最適なキーボードは形からして異なります。いわゆる片手デバイスとして世に広まっているものでは特に顕著です。トラックボールがあると便利な時もあれば、そこにキーを増やしたい場合もありました。

よく使用しているアプリケーション、デスク環境など、すべてが時期によって変わります。諸行無常。
そうした中で、一つの決まった形に縛られない柔軟性こそが重要だと考えました。必要な機能を必要な時に、好きに配置できるキーボードを目指すことにしました。さらに、そうしたカスタマイズを動的かつ簡単に行えることも重要だと考えました。実際に使いながら変更できないと、調整すること自体が億劫になってしまいます。

これらの考えを踏まえて、コンセプトを「柔軟で、動的」なキーボードと定めました。このコンセプトに基づいて、初期から現在まで日々開発に取り組んでいます。

アーキテクチャーの基礎と技術的要素

ここからは開発の内容に入ります。

システムとしてみたキーボード

改めてキーボードを見つめてみると、ユーザーが入力をしたデータは複数のコンポーネントを経由してPCに送られていることが分かります。

ユーザーがキーを押すと、最初にキースイッチが動き(メカニカルなら)導通 -> ホットスワップソケットなどのスイッチと繋がる部品 -> 基板のトレース -> MCUのピン -> そしてFWでそれを読み取って処理されるのが一般的です。それぞれのパーツが自身の処理に特化したコンポーネントとして機能し、決まったインターフェース経由で相互に連携することで、一つのキーボードシステムを構築しています。このインターフェースを守れば、この間に別のコンポーネントを挟み、処理を変えることも可能です。ハードウェアでは規格として決まっていることも多いですね。なお、自作キーボードでよくあるキー以外の部品、例えばトラックボール、ロータリーエンコーダー、ディスプレイなどはも同様の考えで捉えられます。ソフトウェアアーキテクチャーの用語で捉えると、サービス指向アーキテクチャ (SOA)が近いでしょうか。

通常はハードウェア設計やコストの都合上、モノリシックなシステムとして扱うことが多いです。しかし、これらを物理的に分離してあげれば、自由にパーツを追加したり位置を調整したりできるのではないかと考えました。すなわち、各種インターフェースを独立したモジュールとして設計し、自由に組み合わせて使用できるシステムを目指しました。キー自体がモジュール化されている60%以上のキーボードはほとんど見かけなかったため、勝手に「フルモジュラー方式[3]と名付けていました。

moduloとI2Cとの出会い

こうした構想に基づいて情報を調べていくと、数年前にびあっこさんが提唱されたmoduloに出会いました。残念ながら最近は開発が行われていないようですが、書籍には「ペンダント」と称される頭脳部分とその他のモジュールをI2Cで接続するという設計が記載されており、そのまま活用できそうな内容でした。

私は電子工作素人だったので、ここで初めてI2Cという通信方式を知り、その便利さに感動しました。回路設計に詳しい方であれば常識なのかもしれませんが、それまでは「デバイスの数だけピンが必要なのではないか」と思っていて、設計当初で早くも頓挫しそうになっていました。ところがI2Cを使えば、わずか2本のデータ線を伸ばし、それを各デバイスで共有するだけで、複数のデバイスを柔軟に接続することができます。しかもホットプラグにも対応でき、USB接続のような手軽さでデバイスを扱うことができます。まさに求めていた接続方式でした。

そこで、2024年初頭はひたすらI2Cの動作検証を行っていました。当時はPro Microを使い、様々な検証をしていました。キーモジュールを複数接続しても問題なく動作することが確認できた時には、胸をなでおろしたことを覚えています。

https://www.esplo.net/ja/posts/2024/04/i2c_1_use_promicro

フルモジュラー方式のメリット・デメリット

フルモジュラー方式の最大のメリットは、数と配置の自由度の高さと動的な変更です。一般的なキーボードはメーカーが決めた物理的な配列から変更することができませんが、フルモジュラー方式では使用者が自分の手の大きさや使用環境に合わせて、最適な形を探すことができます。私自身はすっかりカラムスタッガードに慣れてしまいましたが、身の回りではロウスタッガードが使いたいという声も多く聞きます。また、格子配列やAlice配列(現状では対応していませんが)なども人気があります。「中指の列だけ少し上に配置したい」といった細かい調整のニーズも、よく耳にするところです。こうした配置を自由に変更でき、コストを抑えながら自分に合った形を探っていくことができれば嬉しいのではないか、と考えています。

一方で、モジュールを独立させることによるデメリットも大きいです。接続の複雑さやコスト増加は、非常に大きな問題となります[4]。さらに既存の知見を活用できない部分がどうしても増え、検証や開発の時間は確実に増えます。また、原理的にコンポーネントを繋ぐパーツが増えるため、製造コストも明らかに増加します。実際のところ、くっつきーの開発期間の大半は技術的検証によるものでした。正常に動作するところまで持っていくので精一杯で、時間切れになってしまった感があります。

あまりにも大変だったため、初めての自作キーボードとしてこのアプローチに取り組むことは、全くおすすめできません。販売まで視野に入れると、やることも更に増えて大変です。ただ一方で、学習という観点では非常に有用だと感じています。ハードウェアは回路設計から必要になりますし、一般的なファームウェア(QMKやZMK)もそのままでは動作しないため改変が必要です。さらに、ケースも一から設計する必要があります[5]。機能面以外でも、モジュール同士の物理的な固定方法や、全体的な安定性の確保といった課題もありました。これらについては、後編のモジュール開発の部分で詳しく紹介する予定です。

なおこの仕組みでは、インターフェースを合わせれば簡単に互換製品を繋いで拡張ができるメリットがあります。そのため開発者が増えれば、ユーザーはもちろん開発者も知見が増えて嬉しい、すなわちスケールする仕組みです。が、なかなか難しいのが現状です。

現在のアーキテクチャー

現在のくっつきーでは、キーモジュール、ノブがI2Cでペンダントに接続されています。ハブはICを積んでおらず、ただのI2Cの中継地点としてコネクター類を持っているだけです。図のようなコネクターを用意するとI2Cデバイスとして認識させられます。なお、マウスセンサーは3線式SPIのため、別途ペンダントに直接接続しています(詳細は後編記事)。

I2Cコネクターのピン配置
I2Cコネクターのピン配置

I2Cは短距離通信の規格なので、減衰に対する対策は規定されていません。速度が遅め(400kbit/sのモード)なので気にしすぎることはないですが、少なからず配線長やケーブルによる影響を受けます。検証では限界までモジュールを繋いだり、延長ケーブルを使ったりしたストレステストを行いました。結果として、強めのプルアップ抵抗を置くことで、普通に使う分には特に問題なく動作し、I2Cの規格とうまく合致しました。有線接続なので省電力に気を割かないで良い点も、シンプルなアーキテクチャーに寄与しています。なお、現状はICとコネクタの都合上160キーが上限ですが、設計上はもっと増やせます。

https://x.com/esplo77/status/1899728892820398094

ケースの設計思想

フルモジュラー式、しかも土台に付ける仕組みですので、各モジュールごとに適切なケースを作る必要があります。何となく大変な気はしていましたが、実際はとても大変で、開発の難所と言える点でした。詳細は後編に譲りますので、ここでは全体的な設計思想を記録します。

くっつきーではなるべくネジ止めを避け、3Dプリンターでの設計で頑張るようにしました。理由はいくつかあります。
1つ目は、ネジやナットなどのパーツが増えて組み立てが複雑になることを避けるためです。ネジを締めるだけですが、数百個もあると大変ですし、何らかの拍子でネジが抜けてしまうかもしれません。
2つ目は、コストの問題です。皆さんはネジの値段は知っていますか?私は今まで全く知らず、世の中にゴロゴロあるので一つ0.1円くらいかと思っていましたが、ありふれたステンレスのネジが5円以上することを知って衝撃を受けました。もちろん大量に買えばディスカウントが効きそうですが、数百個程度だとなかなかお高いです。
3つ目は、3Dプリンターで色々な形が作れたことです。もともとネジを使わず固定できるとは思っていませんでしたが、試行錯誤すると意外と何とかなり、3Dプリンターの可能性を感じました。ネジの代わりとして、キーモジュールはキースイッチを固定に使い、他のモジュールは土台と蓋を分けて爪で固定しています。爪の耐久度と十分な固定を両立するのは難しく、今も調整途上と言える段階ですが、色々な工夫ができて面白いところです。

トラックボールモジュールはベアリング固定の都合上、ネジやワッシャーが必要になりましたが、それ以外のモジュールは爪で頑張っています。それぞれ違う形の爪になったので、興味がある方はお手持ちのケースを眺めてみると面白いかもしれません。

ケースは基本Bambu Lab A1 miniで作成し、光造形の精度が必要な場合はJLC3DPを使いました。3Dプリンターは今や無くてはならない必須ツールになっており、これからも3Dプリンターを活用して色々なケースを作っていきたいと思います。

デザインコンセプト

キーボード本体はPCに繋がるガジェットとして、スタイリッシュでかっこいい方向性のデザインが多いと思います。一方でくっつきーはブロックを組み合わせるような仕組みなので、それに沿った名前とデザインコンセプトを考えていました。おもちゃのような楽しさを入れつつ、それぞれのモジュールは小さくコロコロしているので、結果的に現在のようなゆるくて可愛げのある方向としました。

モジュールのキャラクターもこれに合わせて作っています。メインキャラクターのゆーいちはかなり早い段階から生まれており、名刺や各種お知らせに使いやすいので重宝していました。操作部のモジュールしか描けていないので、ゆくゆくは全モジュール揃えたいところです。それぞれ一時間くらいで描いているので優先順位の問題ではあります。

Webサイトは、開発当初にとりあえずのモックを作り、販売までに何とかすればいいかという状況がしばらく続きました。そして機能検証に追われ、デザインに時間が取れないままギリギリになり、修羅場へ。そこからどうしたかは、以前の記事をご確認ください。

https://www.esplo.net/ja/posts/2025/04/keyket2025

今のところ製品自体にあまりコンセプトを含められていないのが実情です。色をはじめ見た目を揃えたり、基板のシルクに小ネタを入れたりもしたいのですが、全く時間が足りませんでした。機能が安定してから取り組もうと思っていると全く間に合わないので、タスクの依存関係を整理して、並行して進めるのが大事だと今は思っています。

販売関連

モジュール製造数の管理

モジュールの種類が増えるとどうなるか。数の管理が難しくなるんですね。例えば、スターターセットDXはキー・ハブ・ペンダント・ノブ・トラックボールで構成されていますが、全てのモジュールに在庫がないと作れません。一方で限界までセットにしてしまうと、モジュール個別の提供ができません。

製造段階で各モジュールごとに製造数を考えたり、タイミングを見てセットをバラして個別のモジュール販売に振り分けたりと工夫したものの、奮闘むなしくモジュールの在庫数にすごく偏りが出ています。モジュール式製品の永遠の課題として半分諦めていますが、今後は受注生産と組み合わせたり、モジュールの製造サイクルを早める工夫を取り入れたりしようかと考えています。

オンライン・オフライン販売

キーケット2025での初販売を経て、現在はBoothでのオンライン販売を行っています。Boothは匿名配送を含めて基本的な機能が一通り揃っており、使いやすく手数料も(ちょうど値上がりしましたが)低い便利なサービスです。細かい部分で物足りない点もありますが、他のオンライン販売サービスを見ても完璧なものは見当たりませんし、手軽に使えて助かっています。

また、お馴染みの遊舎工房さんにも委託販売をお願いしています。オンライン販売だけでなく、実際に製品を展示できる店舗というのは非常に貴重な存在で、販売する側から見ても本当にありがたい限りです。在庫が無いと展示も無いため時期次第ですが、もしタイミングが合えば店頭で触ってみていただけると嬉しいです。

梱包関連

くっつきーのセットでは、out of the boxで動くことを重視しています。箱から取り出してPCに繋げば動く、ということですね。正直なところ組み立てと梱包がすごく大変なのですが、モジュールの接続が多く正しい状態に持っていくのが大変なこと、カスタマイズするにも正常に動いている状態から始めないと難しいと考え、このような形式にしています。

箱に目を向けると、現在は試行錯誤の結果、ギリギリDXセットが入るサイズのB6サイズの段ボールを使用しています。ロゴを入れた化粧箱も作りたいと思っていたのですが、これが想像以上に難しかったです。

サイズを確定する必要がありますが、モジュール自体の形も開発中で変化するうえ、どのモジュールを組み合わせるかで製品の外形が変わるため、発注できるタイミングはついぞ来ませんでした。さらに、コストの問題も大きいです。大手ECサイトなどを利用していると当たり前のように段ボールが届くので気付いていませんでしたが、段ボールは思った以上に高価だということを知りました。一桁円程度かと思っていたのですが、上記の小さめサイズの段ボールでも1枚80円以上もします。独自印刷やサイズの化粧箱となるとさらに価格が数倍になり、最小ロットも100枚以上必要で、その分どうしても製品価格に転嫁せざるを得ません。そのため、当面は簡素な梱包で対応することになりそうです。

化粧箱が作れなかったので、マスキングテープを作成しました。梱包用としてお試しで作ったもので、一般的なものより大きめの5cmサイズにしています。段ボールにワンポイントとして貼ると、ちょっと楽しい気分を味わえます。

https://x.com/cue2keys/status/1914927365702254755

まとめ

くっつきーの開発開始から初販売直後までの歴史(前編)を記録しました。
後編では、各モジュールの具体的な変遷と技術的詳細について紹介します。

https://www.esplo.net/ja/posts/2025/08/cue2keys_history_2

脚注
  1. Beatmania IIDXでも親指の活用はよくある話ですが、キーボードと繋げて考えられていませんでした ↩︎

  2. マステを貼って明るさを下げていました ↩︎

  3. PCの電源ユニットでしか聞かない用語です ↩︎

  4. システム開発においては、マイクロサービスアーキテクチャーで頻繁に聞く話です ↩︎

  5. 前述した書籍もこれに従ってバラバラなキーボードを作っています ↩︎

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